やる気の見せ場
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Saori

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楚河汉界

12 22, 2005 | 死宅生涯

1 Comments
 寒い、ほんま寒い。睡眠も足りなくて、暖房もない、冬なんか辛過ぎ。嫌だよ~どうか春をやって下さい、神様~~そしてどうしてそんな寒い季節にまだ蚊が生きてるの?OTL
 
 教材法の講座で中上先生はご両親のことを話してくれた。
 お父さんは台湾、お母さんは満州国、二人とも戦争時代、しかも中国の土地で生まれ、八十年代の時NHKは「戦争残留孤児」事件についていろんな報道や番組を放送され、テレビの前にじっと見ているお母さんはまだ高校生の中上先生に「よく見なさい、もしものことがあれば私も今そのテレビの中で中国語を喋って、日本に家族を探しているかもしれない」といってくれた。
 戦争の時、東北三省も台湾もみんな日本の植民地として数多くの日本人をあそこで生活して、軍人を除いて、ほぼ大部分の住民は民間人、当時十三歳の中上先生のお母さんもその両親と一緒に異国の暮らしをしていた。まもなく戦敗、自分たちを守るべきの軍隊は思わずに急速で本土へ撤退してた以上、絶望した民間人たちは汽車駅に殺到することしか何もできなかった。幼いお母さんは混乱な人の流れのなかである汽車に乗り込んで、同列の二つの汽車は違う方向へ発車して、お母さんのは港まで、もう一つのはどこまでのが分からなかった。
 偶然というか、定めというか。今までどのぐらいの「偶然」と「定め」を重ねて今の自分になるのか?それぞれの汽車とそれぞれの道、港へのは本土へ帰れるが、その対面の汽車に乗り込めた人たちは今どうなるのか、生きて帰れるか、中国に残されたか、死んだのか?
 おしまいの時、聞いてる人が少ないのせいでかもしれないが、中上先生の表情はちょっと寂しかった、でもあたしはちゃんと聞いてたのよ~最後の「母は、中国の人たちは優しいこころで敵国の子供を立派な大人に育てて、私ども日本人は恩返ししなければならないっていってくれた」は物凄く感心してる。
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不管怎么样,圣诞一定要快乐哦^^

by kaka | 12 24, 2005 - URL [ edit ]

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